1916年
苗木の輸出が難しくなり、種子の販売を開始
1916年
明治製菓の前身、『東京菓子株式会社』設立
1916年
福井撚糸染工(株)設立(資本金 10万円)
1916年
東京株式取引所、大阪株式取引所で当社株式定期売買を開始
1916年
大牟田工場(福岡県)にてカーバイド、石灰窒素の製造開始
1916年
西横山発電所 送電開始、認可出力3000kW
1916年
大阪府堺市に橋本升高堂製薬所を創業、硫酸塩の製造開始
1916年
大阪繊維工業株式会社(現 神崎工場) 設立
1916年
総本店森六商店を株式会社に改組(資本金100万円、本店は徳島、支店は東京・大阪・神戸)
1916年
我が国初の民営による産業火薬メーカー日本火薬製造株式会社として発足。(本社 東京市麹町区有楽町1-1)
1916年
初代浅野総一郎がスエーデン・カーリット社から、カーリット爆薬の東洋における製造販売の権利を取得し、試験研究に着手。
1916年
工場法の施行に伴い「職工使用規定」を制定。
1916年
資本金5万円を以て東京都豊島区巣鴨に合資会社日本油脂工業所の名称により油脂より印刷インキ製造までを目的として設立。
1916年
竹川町11番地(現・銀座7丁目)に化粧品部開店。意匠部、試験室開設
1916年
溶解窯に用いる耐火煉瓦の長寿命化に向けて自社生産を開始
1916年
国内食器販売会社(名)日東商会(のちに(株)ノリタケテーブルウェア)設立
1916年
「電力王」松永安左衛門により九州耐火煉瓦(株)(現黒崎播磨(株))を設立
1916年
名古屋電燈(株)から製鋼部門を分離し(株)電気製鋼所を設立。下出民義が社長に就任、合金鉄および工具鋼の生産を開始
1916年
兵庫県神戸市長田区において神戸鋳鉄所を設立、初代社長故堀田正夫の個人経営として鋳型の生産を目的に創業
1916年
大阪市此花区吉野3丁目で後藤鍛工所創業
1916年
東京市下水道浅草田町ポンプ場向けに、記録的大型渦巻ポンプを受注 口径1140mmの渦巻きポンプという、当時では記録的な大型ポンプ。20tもあるポンプを、クレーン設備もない小さな町工場で加工。フランジ面はタガネではつり手やすりを掛け、穴は手ボールであけるという状況で、組み立ても試験も現地で行う。このポンプは『熱と誠』を象徴するモニュメントとして、荏原製作所羽田本社ビルに設置されている。
1916年
軸受の国産化に成功。日本精工株式会社創立(東京・有楽町)
1916年
神戸の大貿易商、鈴木商店が買収し、株式会社鳥羽造船所となる
1916年
(株)東京石川島造船所、東京瓦斯電気工業(当社の前身)、自動車製造を企画
1916年
市谷工場に四六全判オフセット印刷機を設置(オフセット印刷開始)
1916年
佐賀関製錬所(現 JX金属製錬株式会社佐賀関製錬所、大分県)操業開始、金属製錬事業を拡張