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各企業の年別活動

各企業における1959年での活動

Year
[証券コード]会社名
活動内容
1959年
トロール船宇治丸、アフリカに出漁
1959年
北海道立水産試験場とすりみの共同研究開始
1959年
函館定温冷蔵で家庭用冷凍食品第1号の「茶わんむし」生産開始
1959年
体質改善5か年計画開始
1959年
長野県南安曇郡三郷村(現 安雲野市)に三郷試験場を開設
1959年
土木建築用接着剤「ショーボンド」を開発
1959年
三鷹研究所を開設(1989年4月 研究開発センターに改称。
1959年
同社から分離、東急建設(株)(本店:渋谷区大和田)を設立
1959年
日本初の商業用原子力発電所(日本原子力発電東海発電所)建設工事を受注
1959年
ル・コルビュジエ設計の国立西洋美術館 竣工
1959年
定款の営業目的に不動産売買業を加え、不動産売買業を開始。
1959年
大和工商(株)(現 大和リース(株))創業
1959年
大和梱包(株)(現 大和物流(株))設立
1959年
「急速緑化工法」(種子吹付工法)テスト工事を実施
1959年
大阪支社(現、関西支社)設置
1959年
伊勢湾台風に伴う災害復旧のため、管外応援を実施
1959年
建設業者登録番号建設大臣(ニ)第5341号として登録
1959年
本店を「東京都千代田区大手町2丁目4番地」に移転
1959年
九州出張所開設(1972年4月 支店に昇格)
1959年
日本技術開発株式会社として創業
1959年
ウォルトディズニーエンタープライズ社と日本初のライセンシー契約締結。
1959年
横浜第一工場稼働(当時(株)山崎製パン横浜工場)
1959年
観光土産菓子部門に進出。
1959年
阪神工場(現近畿工場)を開設
1959年
旧東京工場(東京都品川区)を開設。6月本店を東京都千代田区大手町に移転。
1959年
缶ビール発売
1959年
札幌工場(2003年3月廃止)建設。
1959年
セッツ株式会社(当時 攝津製油株式会社 2020年4月より現社名)の経営に参画
1959年
研究所を開設
1959年
福岡出張所を開設。1969年5月営業所、1977年9月支店となる。(2016年10月九州支店に改称)
1959年
日本で初めてミートソース缶詰を製造・販売 日本初のミートソース缶詰 「キユーピー ミートソース」発売
1959年
東大阪工場にカレー製造工場竣工。
1959年
トマトペースト発売
1959年
大阪府高槻市に工場完成、同時に本店を移転。
1959年
名古屋支店を開設
1959年
東急不動産(株)から建設業の資産、営業権を譲渡し「東急建設(株)」譲渡
1959年
立石電機株式会社(現オムロン株式会社)と特約店契約を締結。
1959年
東洋メタライジング(株)(現 東レフィルム加工(株))を設立
1959年
東京工場を新設
1959年
日本電子金属株式会社設立。
1959年
有機化成専用工場 完成
1959年
旧セントラル硝子が堺工場[現:セントラル硝子プロダクツ株式会社(以下、「CGP」)]を建設し、普通板ガラスの生産を開始
1959年
大垣工場、乾式アセチレンガス生産開始 (1992年 生産中止)
1959年
クロロメタンの製造開始
1959年
道路区画標示材(ラインファルト)製造販売
1959年
大阪市東区に大阪営業所を開設
1959年
商号を中部ガス工業株式会社と改め、三重アセチレン株式会社を吸収合併して三重工場とする
1959年
溶解アセチレンの製造を開始
1959年
堺工場を新設
1959年
千葉県に白里工場の建設を完了し、天然ガス、ヨウ素の生産(活性炭法)を開始
1959年
川崎市に川崎工場(現川崎製造所千鳥工場)を設置し、酸化エチレン、エチレングリコールの製造を開始。
1959年
名古屋営業所(現 名古屋支社)を開設
1959年
積水スポンジ工業株式会社(現:積水化成品工業株式会社)設立]
1959年
川崎工場(神奈川県)が完成し、日本で初めて合成ゴム生産開始。中央研究所開設。
1959年
レゾルシノール樹脂接着剤「アイチボンドR」発売
1959年
新川工場内に化粧板工場竣工
1959年
ダイヤフラムバルブ製造開始
1959年
会社設立、本店を大阪市北区宗是町1番地に設置したが、本社事務所及び奈良工場は奈良市南京終町に設け発泡性ポリスチレンビーズ及び塩ビ発泡事業に着手
1959年
マーケティング部を新設し、マーケティングの導入を推進
1959年
過酸化水素の製造販売を目的として、東海電化工業(株)を設立
1959年
総合研究所(現研究第1棟)稼働。
1959年
サルファ剤「シノミン」発売
1959年
大阪市生野区(現在地)に本社・研究所・工場の総合事業場を開設し、旧事業場を廃止統合。
1959年
札幌出張所(現 札幌支店)を開設
1959年
樹脂着色剤、改質剤の生産を本格化
1959年
川越工場〔現 トーヨーケム株式会社川越製造所〕完成。
1959年
金属用塗装剤「フィニッシェス」の国内製造開始。
1959年
郵政省より本免許交付。 東京都新宿区市ヶ谷河田町7番地に本社ビル完成。
1959年
フジテレビジョン開局、映像出力10kw。
1959年
基幹4局ネット調印し、FNS(フジネットワークシステム)の基礎を確立。
1959年
大船工場 完成(のちに鎌倉工場に改称、2015年稼働終了)
1959年
資生堂美容学校開校
1959年
商号を金鶴香水株式会社から丹頂株式会社に変更
1959年
本社を東京に移転
1959年
台湾の「南港輪胎」と技術供与契約
1959年
ラジエーターホース実用化、自動車用ホース事業本格参入
1959年
東京出張所、大阪出張所、名古屋出張所開設
1959年
樹脂加工設備増設、プリプレグ・ワニスクロス量産開始
1959年
ガラスブロックの生産開始
1959年
藤沢工場(後に、藤沢事業場と名称変更)開設
1959年
広島研磨工業(株)に資本参加(研削砥石の製造)
1959年
事業部制を導入、化工機部・新商品部を設置
1959年
ブラジル特殊陶業(株)設立(現 ブラジル特殊陶業(有))ブラジル特殊陶業(株)設立(現 ブラジル特殊陶業(有))
1959年
本社を現在の所在地へ移転真空管、トランジスタ用絶縁材として高純度絶縁アルミナ生産開始
1959年
銑鋼一貫体制の確立
1959年
当社製エル一式15トン電気炉1基を仁豊野工場に増設。
1959年
泉大津工場に20屯電気炉一基を新設。
1959年
伊勢湾台風により星崎・築地工場水没
1959年
合金鋼、炭素鋼の生産中止、ステンレス鋼板主力に
1959年
商号を山陽特殊製鋼株式会社に変更
1959年
継目無鋼管製造設備(2,000トン熱間押出プレス)完成
1959年
フェロニッケル製錬を専業とする大平洋ニッケル株式会社設立に伴い、新発田工場を分離
1959年
東京出張所(東京都中野区)を開設。
1959年
日本電子金属(株)を設立。半導体用高純度シリコン事業に進出。
1959年
小坂で黒鉱の新鉱床を発見(内の岱鉱床)
1959年
平塚市に平塚電線製造所を新設
1959年
東京芝浦電気株式会社(現 株式会社東芝)と共同で400kV級OFケーブル用エレファント終端箱開発
1959年
帝国クラウンコルク株式会社が日本クラウンコルク株式会社(現日本クロージャー株式会社)に商号変更
1959年
福岡工場を分離、株式会社九州駒井鉄工所を設立(2001年10月当社に吸収合併、2005年12月廃止)
1959年
三和シヤッター株式会社を設立。札幌、仙台、東京、名古屋、福岡に支店を設立
1959年
横引雨戸「文化テットー」発売
1959年
各種ボイラ・精麦・精米機の製造のため、株式会社三浦製作所(資本金2百万円、代表取締役 三浦保)を設立
1959年
神奈川県相模原市に工場新設(現本社工場)
1959年
名古屋市中川区昭和橋において富士機械製造株式会社を設立
1959年
社内設備用工作機械の性能向上のための改造ユニット製作技術を生かし、工作機械(旋盤)の生産を開始。
1959年
P型ガソリンエンジンの生産開始。
1959年
射出成形機 生産開始
1959年
ケミカルポンプの製造・販売を開始
1959年
ベルトコンベヤ、スラットコンベヤの製造を開始
1959年
「焼結金属工業株式会社」(SMCの名称は、Sintered Metal(=焼結金属)Companyの略称から)として設立
1959年
フィルタエレメント 開発
1959年
豊川製作所第一期工事が竣工
1959年
ホイールアブレーター社(アメリカ)とショットブラスト及び集塵装置について技術提携
1959年
タイヤローラ(TR41)の製造開始。
1959年
株式を店頭に公開
1959年
(株)鈴木商会を設立 化学洗浄部門を分離し、(株)鈴木商会(現栗田エンジニアリング(株))を設立。
1959年
商号を「日本機械計装株式会社」に変更。
1959年
インド・中国・パキスタン等海外向け化繊関係プラントその他の輸出が活発となる。
1959年
日本初の乗用車専門工場のトヨタ自動車工業・元町工場にウェブ・コンベヤシステムを納入。
1959年
油圧式トラッククレーンの生産を開始する。
1959年
基礎工事用アースドリルの生産を開始する。
1959年
油圧機器販売株式会社(平成3年1月 株式会社ユケンハイメックスに商号変更) 設立
1959年
本社工場を現在地の香川県高松市新田町に新設移転
1959年
鋼球を応用した、ボールねじの生産販売を開始
1959年
西日本精工 石部工場(現・石部工場)設立
1959年
工作機械向け精密ボールねじ
1959年
リンドバーグ式バッチ型浸炭炉の国産第1号機が完成
1959年
埼玉県川口市青木町に新工場を建設し、本社工場を同所に移転。
1959年
兵庫県姫路市に姫路工場を開設し、ニードルベアリングの生産を開始。
1959年
株式会社東洋金属を設立、黄銅棒の生産を開始。
1959年
横浜工場新設。トランジスタ研究所を武蔵工場と改称。
1959年
シリコンダイオードの製造開始
1959年
エネルギーセンター設備納入 八幡製鉄(株)戸畑製鉄所に第1号装置を完成。
1959年
列車自動停止装置完成
1959年
わが国最初の高速エンジン溶接機を開発、生産を開始
1959年
醸造部門閉鎖、酒造の営業権の一切及び酒類製造設備を譲渡
1959年
電動工具メーカーへ転換
1959年
オーストラリアに小型電気カンナ 1300を出荷(電動工具の輸出開始)
1959年
馬渕工業株式会社の商号を東京科学株式会社に変更。
1959年
福岡県に九州電力(株)と合弁で九州変圧器(株)設立(現・(株)キューヘン)
1959年
商標を「OMRON」と制定。社憲制定。
1959年
(有)大和工業が(株)第二精工舎(現セイコーインスツル(株))から第二精工舎諏訪工場の事業を譲受。社名を(株)諏訪精工舎とする
1959年
本社及び大森工場を横浜市に移転。
1959年
アメリカ松下電器を設立
1959年
太陽電池の研究開発を開始
1959年
八尾工場を竣工し、総合家電メーカーとしての体制を整える
1959年
方向探知機・無線機を南極観測船 宗谷 のヘリコプターに搭載
1959年
扇風機EF-300およびモータの生産を開始
1959年
水晶フィルタの製造開始
1959年
スポーツ用品生産開始(1995年事業撤退)。
1959年
群馬県伊勢崎市に現 東京事業所の前身、東京星電(株)を設立
1959年
眼振計(NY-2301)を発売
1959年
株式会社日立製作所と業務及び技術提携。
1959年
技術用リレー計算機「14-B」発売
1959年
日本最初の連続切削NCを完成
1959年
電気・油圧パルスモータ第1号機完成
1959年
中山登氏がネームプレート製造を個人創業
1959年
長谷川一夫により、神戸市に電子部品、水晶振動子の部品加工を業とする大和真空工業所を創業
1959年
現在にも続く主力製品 光電子増倍管の開発に成功
1959年
モーターコア用タングステンカーバイド精密順送り金型の製造技術を開発し、製造販売を開始
1959年
トランジスタ用ガラス端子・TO-1・神戸工業(株)(現・デンソーテン(株))へ納入
1959年
京都市中京区西ノ京原町101番地に本社並びに工場を4月1日付で設立(資本金300万円、従業員28名)。 ファインセラミックスの専門メーカー「京都セラミック株式会社」として創業 京都セラミック株式会社
1959年
吹田工場操業
1959年
川崎市に川崎支店を設置する
1959年
防衛庁規格(NDS XXC6442)認定を受ける(固定皮膜抵抗器)
1959年
三菱商事、三菱鉱業、三菱海運、八幡製鉄などの出資で、千代田鉱石輸送(のちの三菱鉱石輸送)を設立
1959年
東洋信託銀行を設立
1959年
国際旅行公社は郵船航空サービスと改称
1959年
鳴海工場において、建設機械の製作を開始
1959年
「TD型」7〜8t積みトラック発表
1959年
TL型小型トラック「エルフ」発表
1959年
トヨペット・ルートトラックの愛称を「ダイナ」に、トヨペット・トラックの愛称を「スタウト」に決定
1959年
千代田火災海上保険(株)(現 あいおいニッセイ同和損害保険(株))に出資
1959年
市名変更により、本社所在地を愛知県豊田市トヨタ町1番地に改める
1959年
「日野ヂーゼル販売株式会社」と「日野ルノー販売株式会社」を合併し、「日野自動車販売株式会社」と改称
1959年
田中精密労働組合誕生
1959年
株式会社タナカエンジニアリング設立
1959年
本社及び工場を東京都昭島市に移転
1959年
自動車部品の生産拡大に伴い緑工場を新設
1959年
米国現地法人「アメリカン・ホンダ・モーター(英語版)」をロサンゼルスに設立。
1959年
新型二輪車「コレダセルツイン」(2サイクル125cc)を発売。
1959年
国産初の本格的スポーツモデル「YDS1」を発売
1959年
北川自動車工業(株)が当社のグループとなる
1959年
静岡県浜名郡浜北町(現・浜松市)にヤマハ技術研究所(ヤマハグループ全体の研究開発機関)を設立
1959年
静岡県浜名郡浜北町(現・浜松市)に天竜テストコースを開設
1959年
埼玉県川口市に川口工場を開設(1981年12月同県川越市に移転、川越工場に名称変更)
1959年
埼玉県上尾市に(有)旭計器製作所(1972年4月株式会社に改組)を設立。
1959年
大阪連絡所(現・大阪営業所)を開設。
1959年
神奈川県相模原市に「野島電気工業社」を創設
1959年
日本電気株式会社と電子部品に関する販売特約店契約を締結し、電子部品を販売する卸部門を新設。
1959年
「株式会社西松屋ストアー」に商号変更
1959年
ろう付材料、溶接補助材料の製造を目的に中央ケミカル工業株式会社(現当社ジョイテックセンター)を設立。
1959年
製造分野への進出を図る。
1959年
米国テーバー社の極東総代理店となり、摩耗試験機、その他計測器の輸入販売を開始。
1959年
18-8ステンレスのアイド縫合針製造新技術開発に着手し、その技術に対し厚生省国庫補助金を受ける。 株式会社に改組、資本金1,000千円。商号:株式会社松谷製作所と登録。
1959年
一眼レフカメラ「ニコンF」発売 ニコン初のレンズ交換式一眼レフカメラ。高級一眼レフカメラとしての地位を築いた。
1959年
A型トランシット 初のヤグラカバー型(以降のデザインの基本となる)
1959年
革新的ハーフサイズカメラ「オリンパスペン」を発売
1959年
本社及び本社工場を大宮市蓮沼(現さいたま市見沼区蓮沼)に建設
1959年
業界初の一眼 レフカメラ用普及型望遠ズーム95-205mmF6.3を量産。ズーム普及の口火を切る
1959年
ドキュマット社と提携、マイクロ機器分野に進出
1959年
磁気ヘッドの分野に進出
1959年
キヤノン初の一眼レフカメラ「キヤノンフレックス」発売
1959年
シンクロリーダー発売
1959年
営業部門を分離独立、販売子会社富山商事株式会社を設立。
1959年
『少年マガジン』(講談社)と『少年サンデー』(小学館)を印刷
1959年
メサ型トランジスター用蒸着マスクの試作に成功
1959年
「チキンラーメン」(日清食品)の袋を印刷
1959年
スポーツ用品の製造を開始(FRP製アーチェリー)
1959年
電子オルガン(エレクトーン®)の製造を開始
1959年
埼玉県蕨市に蕨工場を新設。従来の本社工場の生産と合わせ量産体制を確立。
1959年
本社を京都市東山区福稲上高松町に移転。
1959年
ディズニーキャラクターを使用したトランプを発売。
1959年
かるた自動裏貼機を開発し、かるた製造を自動化する。
1959年
測量野帳を発売
1959年
商号を武藤工業(株)に変更。
1959年
サンヨーコートから 「ササールコート」 発売
1959年
第一物産を中心に旧三井物産系新会社結集、現在の三井物産誕生。
1959年
東京都中央区に㈱太源設立
1959年
諏訪工場が独立し、(株)諏訪精工舎となる(現セイコーエプソン)。中部日本放送に報時用水晶時計納入。
1959年
LPガスの販売開始
1959年
(株)湯浅商店を吸収合併
1959年
広島連絡所(現中国営業所)を開設
1959年
本店を大阪市大淀区(現北区)に移転。
1959年
機械金属部を新設し、これを機にフランス・アルザス社と織機の取引を再開する
1959年
我が国に初めてポリプロピレンを輸入する
1959年
三商と合併
1959年
旧三菱商事の木材部門を中心に設立された三商との合併により事業領域が拡大
1959年
本社を千代田区神田松住町12番地に移転
1959年
日本通信工業株式会社(現NECプラットフォームズ株式会社及び日通工エレクトロニクス株式会社)と特約店契約を結ぶ
1959年
大阪営業所(現大阪支店)を設置。
1959年
高松出張所(現高松オフィス)開設
1959年
工事部門を新設し、本格的に化学工業設備等の設計及び施工を開始
1959年
福岡新天町に大衆的なファミリーレストランの1号店オープン
1959年
横浜店開店
1959年
ピエール・カルダンとライセンス契約
1959年
ローズちゃんの前身「ハッピーちゃん」誕生
1959年
株式会社丸井広告事業社(現 株式会社エイムクリエイツ)を設立。
1959年
(株)岡田屋呉服店が(株)岡田屋(資本金1500万円)に社名変更
1959年
創立5周年を機に社名を「北日本信用販売株式会社」へ変更。
1959年
業界で初めて金融機関の融資保証業務を開始。
1959年
ニューヨーク駐在員事務所設立
1959年
大和証券投資信託委託(株)設立
1959年
丸ノ内総合改造計画策定
1959年
東京不動産清掃(株)設立(現東京ビルサービス(株))(2013年3月連結子会社化)
1959年
(株)岡田屋呉服店が(株)岡田屋(資本金1,500万円)に社名変更
1959年
越生線にCTC装置を設置
1959年
宇都宮駅ビルが完成(1959.11.28東武宇都宮百貨店オープン)
1959年
1700系ロマンスカーに冷房装置を搭載(当社初の冷房車登場)
1959年
伊東下田電気鉄道(現:伊豆急行)設立
1959年
東急建設を設立
1959年
京王食品(株)(現(株)京王ストア)を設立
1959年
桜ヶ丘ゴルフ(株)(現京王レクリエーション(株))を設立
1959年
揖斐・長良川複線新橋梁完成
1959年
木曽川複線新橋梁完成
1959年
伊勢湾台風により被災(11.27全線復旧)
1959年
名古屋線軌間拡幅工事完成
1959年
上本町~名古屋間直通特急(2代目ビスタカー)運転開始
1959年
ブラジルのウジミナス製鉄所建設に協力
1959年
社名を山九運輸機工株式会社に変更
1959年
運送・保管・梱包を一貫体制の確立。
1959年
当社初、原油タンカー「丹波丸」が竣工
1959年
横須賀港において曳船業開始
1959年
神戸7突倉庫新設
1959年
川崎支店において大型鉱石船(48,000トン)の着岸荷役成功
1959年
包装事業・運送事業を開始
1959年
『皇太子(現・上皇陛下)ご成婚パレード』中継
1959年
JNN(ジャパンニュースネットワーク)結成
1959年
東京証券取引所に上場
1959年
朝日放送・大阪テレビ放送合併
1959年
火力発電設備が水力発電設備を上回る(火主水従)
1959年
当社初の超高圧本名変電所(26万5千kVA)運用開始
1959年
わが国初のチューブラタービン採用の人来田発電所(1,220kW)運転開始
1959年
田子倉発電所運転開始
1959年
只見幹線、南川越変電所運転開始
1959年
通産大臣のガス採取規制勧告により、当社のガス井15坑休止
1959年
子会社大富士瓦斯株式会社を設立
1959年
本社にテレビ放送用ドラマを制作するテレビ室(現 テレビ企画室)新設 松竹事業株式会社設立 外国映画部門とセレクト‧インターナショナル映画会社を合体、松竹セレクト国際映画株式会社を設立
1959年
(株)東映テレビ・プロダクション設立。
1959年
日本色彩映画(株)[現・東映ラボ・テック(株)]を系列化。
1959年
会社設立。(大手電気メーカーの下請け工場として)
1959年
株式会社丹青社(実質上の存続会社)に改組し現組織を創立
1959年
本社を東京都千代田区神田司町におく
1959年
大阪出張所を設置。
1959年
大阪市天王寺区に機械工具卸売業、中山機工商会として創業。
1959年
宮城県仙台市青葉区東四番丁に本社を移転
1959年
埼玉県秩父市に株式会社主婦の店秩父店を設立
1959年
埼玉県秩父市に宮側店出店
1959年
関東地区の拠点として東京支店を開設