1982年
「シーフードNOW」広告キャンぺーン開始
1982年
第1回「海とさかな」自由研究作品コンクール表彰式開催
1982年
フィリピンに現地法人フィリピーナス・カネコ・シーズ・コーポレーション(現・連結子会社)を設立。
1982年
神奈川県足柄上郡中井町に有限会社中井園芸を設立
1982年
定款を一部変更し、会社の目的に建設用機器、材料の設計製造販売及び賃貸に関する業務を追加
1982年
世紀建設株式会社と東急道路株式会社の合併により、 東急グループの一員として、
1982年
世紀東急工業株式会社発足(代表取締役社長 大島秀信)
1982年
当社株式 東京証券取引所 市場第1部へ指定替え
1982年
業界初、対話型自動設計システム(CADNET)導入
1982年
Gシリーズ構法による高級賃貸住宅「パレーシャル」発売
1982年
四軸ソイルセメント柱列壁工法「RSW工法」を開発
1982年
H-TMG型スロートミクスガスバーナ、省エネルギーセンターから優秀製品賞を受ける
1982年
MR社と技術供与契約(WB形加熱炉)締結
1982年
アルゼンチン大規模光通信プロジェクト工事
1982年
江崎グリコ栄食とグリコハムが合併し、グリコ栄養食品を設立 Generale Biscuit Glico France S.A.(GBGF)を設立し、 ヨーロッパでミカドを発売
1982年
デイリー事業部と(株)サンエブリーを統合し、(株)サンショップヤマザキとしてコンビニエンスストア事業を本格展開
1982年
日本初、肉の変色を防止する業務用焼肉のタレ「ウルトラE」を発売
1982年
バラエティーミート製品 「こてっちゃん」発売
1982年
仙台にグループ会社「株式会社システムテクノロジー」設立
1982年
GLP(Good Laboratory Practice) 「医薬品の安全性に関する非臨床試験の実施の基準」施行に備え、世界初のオンラインコンピュータシステムの構築に成功
1982年
エリスロポエチンの医薬品化を目指し本格的な研究を開始
1982年
日本ツーリスト開発株式会社を連結子会社とする(2005年株式譲渡)
1982年
米国カリフォルニア州所在のNUMANOSAKECO.(現・TakaraSakeUSAInc.)の株式取得、米国本土での清酒製造を開始。
1982年
茶葉業界で初めて包装茶に「製造年月日」「賞味期限」を表示
1982年
株式会社植村商会(現 株式会社フジサニーフーズ九州)の経営を継承
1982年
サンエー運輸株式会社(非連結子会社)を設立
1982年
TIDEXデータエントリーシステムを開発・販売開始
1982年
ジーンズカジュアルショップ「ポイント」開業
1982年
衣料品小売の一部門として株式会社アンジェ(ジェネラル株式会社、連結子会社)を設立。大阪市中央区に本社を設置。(1989年に9店舗の営業を当社へ移管し休眠)
1982年
レストランバー「フェローズ」1号店をオープン
1982年
日綿實業株式会社がニチメン株式会社(大阪市)に商号変更。
1982年
関西工場を高砂工場、酒造工場を流山工場と名称変更
1982年
神戸工場にハム・ソーセージ類の増産を目的として第2工場を増設。
1982年
新発田第二工場(生切り餅専用工場)完成
1982年
バイオ研究支援フィルター製品分野へ進出
1982年
新規展開の一環として、情報関連事業へ進出するためにダイワボウ情報システム㈱を設立
1982年
マイコン開発支援機器など、システム製品の販売を開始
1982年
自社開発製品「PROMAC10」を世界中で販売
1982年
台湾FC1号店出店(現雲雀國際股份有限公司の前身)
1982年
「東急ホーム(株)」(現「(株)東急ホームズ」)設立
1982年
日本最大級の街づくりをスタート(1997年、あすみが丘地区竣工。2010年あすみが丘東地区竣工)
1982年
セブン‐イレブン、世界最大規模のPOSシステム導入開始
1982年
医療用膜型酸素濃縮器「マイルドサンソ」の発売を開始
1982年
ブレスオー®(白内障術後用高含水率ソフトコンタクトレンズ)の販売開始
1982年
クラフレックス株式会社に社名変更)設立
1982年
子会社・ (株)アイケー配送センターを設立。
1982年
各市町村に端末を設置し、オンライン処理を行う総合行政システム「Reams」の稼働
1982年
コンピュータの運用自動化パッケージソフト「A-AUTO」を米国市場で販売する目的でスリービー株式会社を設立
1982年
第1回エリエール女子オープンゴルフトーナメント開催
1982年
インドネシア・アサハン・アルミニウムが操業開始。
1982年
家庭用除湿剤「水とりぞうさん」発売 (2004年 株式会社オカモトに営業譲渡)
1982年
堺工場(現:CGP)にてフロート法によるフロート板ガラスの生産を開始
1982年
創立70周年、社名を「イビデン株式会社」に変更
1982年
シンガポールにナショナル・オキシジェン社を設立。
1982年
株式会社熊本極陽サービス(現 極陽セミコンダクターズ株式会社)を設立。
1982年
(旧大陽東洋酸素)株式会社熊本極陽サービス(現 極陽セミコンダクターズ株式会社)を設立。
1982年
姫路製造所でメタクリル酸及びメタクリル酸エステルの製造を開始。
1982年
「日本メタアクリルモノマー(有)」設立
1982年
プラスチックサッシ「エクセルウインド」製造設備が北海道カネカで完成・稼働(2008年譲渡)
1982年
カネカテキサス(現:カネカノースアメリカ)設立
1982年
エリスロポエチンの医薬品化を目指し本格的な研究を開始。
1982年
MITSUBISHIGASCHEMICALSINGAPOREPTE.LTD.(現連結子会社)設立
1982年
リジロンPOP(新聞直刷用水溶性感光性樹脂版)の製造を開始。
1982年
両面ロールコーター(プリント基板用フォトレジスト塗布装置)を開発。
1982年
木質系工業化ユニット住宅「ツーユーホーム」を仙台で発売、1984年から全国展開
1982年
群馬工場開設、塩化ビニル管、ユニット住宅外壁パネルの製造開始
1982年
イースタンオークムク集成カウンター発売
1982年
14万5000kw石炭火力自家発電所完成
1982年
海苔の雑藻駆除剤「Wクリーン」を海苔養殖業界へ販売
1982年
光ファイバー用硼素原材料としての三塩化硼素の合成に成功、供給を開始
1982年
日本石油化学(株)(現・ENEOS(株))と共同出資により「サンケミカル(株)」(現連結子会社)を設立。
1982年
オキサセフェム系抗生物質「シオマリン」発売
1982年
中央研究所本館(現創薬研究所1号館)設置。
1982年
富士中央研究所(現 御殿場事業所)を開設
1982年
世界初多孔質ホローファイバー型人工肺を発売
1982年
埼玉県比企郡嵐山町に嵐山工場(現嵐山事業所)を開設
1982年
東洋インキグラビア販売株式会社を設立。
1982年
オフセットインキ、グラビアインキ、金属インキ向けのCCMシステムを開発。
1982年
エレクトロニクス用導電性接着剤「レックスボンド」発売。
1982年
医療関連施設のマネジメントサービス事業を開始(現株式会社ダスキンヘルスケアにて運営)
1982年
番組制作会社(株)共同テレビジョンを子会社化(現・連結子会社)。
1982年
泉大津市にて、ボウリング場の経営を開始
1982年
経営機能強化の為、東京都新宿区に東京本社を開設し、二本社制とする
1982年
(株)オービックシステムエンジニアリング設立
1982年
三菱電機製品のパーソナルコンピュータの販売開始
1982年
日本語処理システム「KTIS」(現「ATOK」)を発表
1982年
ソフトウェア開発の業務拡大を目的とし、日本ユニシス株式会社との共同出資による子会社、株式会社ソフトウエア・ディベロプメントを資本金10百万円をもって設立。
1982年
愛知県東海市名和町に初の常設現車会場名古屋会場オープン。
1982年
出品台数255台で第1回オートオークション開催。
1982年
中部地区初のポスシステムによるオークションがスタート。
1982年
Structural Dynamics Research Corporation(アメリカ。現:Siemens Product Lifecycle Management Software Inc.)との業務提携。同社のCAEソフトウェアの販売を開始。
1982年
オランダに欧州の主要生産法人Fuji Photo Film B.V. (現 FUJIFILM Manufacturing Europe B.V. )を設立
1982年
美容院を中心とする業務用ヘアケアシステムのパリアッチブランドを発売
1982年
5mLのバイアル瓶に詰めた、初めての無添加基礎化粧品および
1982年
製造強化のため、富山小林製薬株式会社を設立
1982年
コクピット1号店「コクピット厚木」がオープン
1982年
乗用車用スタッドレスタイヤを業界に先駆け発売
1982年
社名を変更し、「興国化学工業株式会社」から「アキレス株式会社」とする。
1982年
第1回物上担保附転換社債(30億円)を発行
1982年
塗料用フッ素樹脂「ルミフロン®」の生産を開始
1982年
(株)神岡セラミック設立カナダNGKスパークプラグ(株)設立自動車用酸素センサ製造開始(株)東濃セラミック設立(株)神岡セラミック設立
1982年
住友金属工業(株)(現日本製鉄(株))と資本提携を行う
1982年
国際鉛・亜鉛研究開発機構(ILZRO)より技術導入した、ガルファン鋼板の製造・販売を開始。
1982年
新製鋼設備(80トンEF-LF-RH-BL/CC)操業開始
1982年
紀和商事株式会社(大阪府八尾市)を設立。全額出資。
1982年
八尾に研究所を設立し、研究所内に本店を移転登記。
1982年
新潟東港工場(現・日軽新潟(株))アルミ押出工場として操業開始
1982年
秋田で半導体材料研究所を設立(現・DOWAセミコンダクター秋田)
1982年
亜鉛加工工場の操業開始(現・秋田ジンクソリューションズ)
1982年
新スポンジチタン工場完成、新チタン製品工場火入れ式挙行
1982年
高度な認識・判断機能を持つ知能ロボットの試作
1982年
世界最大級1.2カラットダイヤモンドの合成に成功
1982年
デンタル分野からの貴金属リサイクル事業を開始
1982年
24時間365日のアフターメンテナンス体制「ATSS」スタート
1982年
東洋サッシ工業株式会社、ジーエルホーム株式会社を吸収合併
1982年
古河電気工業社および東洋リビング社との共同開発により、形状記憶合金を全自動乾燥庫(産業用)の開閉ばねに応用。
1982年
韓国ミウラ工業株式会社に出資(現・連結子会社)
1982年
LB15形CNC旋盤製造開始。LB15型NC旋盤
1982年
イタリア ミラノ市に現地法人アマダイタリアを設立
1982年
コイケヨーロッパ・ビー・ブイ(現・連結子会社)をオランダ・北ホラント州に販売とアフターサービスの拠点として設立。
1982年
横浜市緑区(現 都筑区)池辺町に関係会社株式会社エス・アンド・オー(株式会社ケイ・エッチ・エスと合併)を設立
1982年
横浜市港北区新羽町に関係会社ソディックリース株式会社を設立
1982年
(旧)株式会社北陸ソディック(富山県高岡市)を吸収合併、(新)株式会社北陸ソディックに営業の譲渡を実施
1982年
FMS西部DIO(ダイレクト・インプット・アウトプット)システム® を開発。
1982年
NBC-Zとフランジを一体化したハブブレード「NBC-ZH」を開発
1982年
形鋼オートドリルシリーズの製造販売を開始。
1982年
株式会社ベルシステム24創業(新宿区西新宿)
1982年
「夜間・休日におけるクレジット申し込み電話受付業務」を開始
1982年
「電話転送機による24時間電話業務代行サービス」を開始
1982年
サービス地域に札幌・名古屋・大阪・広島・福岡が加わり6都市に拡大
1982年
小型乗用車用C型ディーゼルエンジンの生産開始。
1982年
チャック用自動爪交換装置、MBNマシニングセンタの製造開始
1982年
ニットデザインセンター(現トータルデザインセンター)を発足。
1982年
大阪市北区に大阪支店(現 西日本支店DCU)を開設。
1982年
本社工場を岡山県井原市木之子町167番地(現:第六工場)に移転
1982年
「サイレントパイラー KGK-130N」を発売
1982年
「サイレントパイラー」にラジオコントロールシステムを導入
1982年
ガスタービン搭載護衛艦1番艦「はつゆき」引渡し
1982年
日特金属工業(株)合併、精密事業本部(現精密機器事業部)発足
1982年
子会社として、東北・四国に販売会社(株式会社東北アイチ・株式会社四国アイチ)を設立。
1982年
コモリ・アメリカ・コーポレーション(シカゴ市郊外)設立
1982年
舗装面転圧管理装置(RECOM)を開発。
1982年
業界初のシングルスクリュー冷凍機を開発
1982年
兵庫県加西市に兵庫工場竣工(マテハン商品を製造)
1982年
米国リーズ・アンド・ノースラップ社(現Measurement & Control Systems社)からプロセス制御用のデジタルコンピューターに関する生産技術およびそれを用いたシステム制御技術を導入。
1982年
ファナック・モータ工場に自動倉庫、無人搬送車など世界最先端FAシステムを納入。
1982年
羽田工場、世田谷工場を統合して厚木工場を竣工
1982年
アメリカ・オハイオ州に世界最大規模のエレベータ工場を建設
1982年
学習機能を備えたエレベータ群管理システムを開発
1982年
西独HAKO WERKE社と業務提携(1981年)し、清掃機器販売開始(クリーンシステム事業のはじまり)
1982年
シンガポールにカーエアコン用コンプレッサーの生産工場設立
1982年
GLORY (U.S.A.) INC. (現 Glory Global Solutions Inc.)をアメリカに設立。
1982年
長野県岡谷市にテーピ興産㈱ (現 TPRトータルサービス㈱)設立。
1982年
埼玉県大宮市(現 さいたま市北区)にホシザキ北関東株式会社(現 連結子会社)を設立。
1982年
株式会社東洋ベアリング岡山製作所にドライブシャフトの製造工場を建設。
1982年
韓国 現代自動車株式会社にドライブシャフトの技術を供与。
1982年
リンドバーグ式実験炉試作モデル完成、10月より量産開始
1982年
北斗音響(株)と(株)ハタ通信機製作所を合併し、ミネベア電子(株)を設立。
1982年
岐阜県岐阜市のダルマ産業株式会社(現連結子会社、日本ディック株式会社)に資本参加。
1982年
メカトロ複合製品(のちのメカトロシリーズ)を開発し、販売を開始。
1982年
4方向等荷重形LMガイドHSR形の製造販売開始
1982年
東邦精工株式会社が株式会社テーエチケーによる吸収合併を受け、商号を東邦精工株式会社から株式会社テーエチケーに変更
1982年
株式会社テーエチケーの製造部門は名古屋工場(2001年10月閉鎖)、大阪工場(1993年3月閉鎖)とする
1982年
ドイツ(デュッセルドルフ)に、川鉄商事株式会社との共同出資によりTHKEurope GmbH(現 THK GmbH)を設立
1982年
コンパクトディスクプレーヤー用光ピックアップの製品化
1982年
世界初の熱転写型カラーハードコピー「CHC−30」を開発
1982年
水道用給水器具の日本水道協会検査工場となる
1982年
欧州預託証券(EDR)発行に伴いルクセンブルグ証券取引所に上場(1998年6月 同取引所の上場を廃止)
1982年
事務用コンピュータ「事務コン帳作シリーズ」発売開始
1982年
軸流型ブラシレスDCファンの本格的生産を開始
1982年
CI導入「IDEC」商標決定 英文社名変更
1982年
世界初の紙幣環流機能付きATM「AT-100シリーズ」を発売。
1982年
pson Electronics (Singapore)Pte. Ltd. をシンガポールに設立。(現 Epson Singapore Pte. Ltd.)
1982年
「HC-20」 新たなスタイルを提案した、世界初ハンドヘルドコンピューター
1982年
「テレビウオッチ」 アクティブマトリクス液晶による、世界初のテレビウオッチ
1982年
台湾台北市に ULVAC TAIWAN Co., Ltd.(現・ULVAC TAIWAN INC.)を設立。
1982年
米国 The Perkin Elmer Corp. と共同出資でアルバック・ファイ株式会社を設立。
1982年
茨城県筑波学園都市(現つくば市)市内に筑波超材料研究所を設立。
1982年
米国・ECD社と合弁でシャープ・イーシーディー・ソーラー株式会社を設立
1982年
合資会社早川特選金属工場をシャープ特選工業株式会社に改組
1982年
世界に先駆けてインマルサットの形式認定を取得したインマルサット船舶端局装置を発表
1982年
業界初のメカトロリモコン、2段セーブ機構、エアサーキュレーターパネル付きエアコンを発売
1982年
粉石けんも水で溶ける「スピンクル機構」搭載の二槽式洗濯機 EW-D1 を発売 MCA無線機CM-851を開発
1982年
世界初のコンパクトディスクプレーヤー「CDP-101」発売
1982年
放送局用1/2インチ・カメラ一体型VTR ベータカム「BVW-1」発売
1982年
マルチテック株式会社(現 メイコーテック)を設立
1982年
山形工場(現 株式会社山形メイコー)を建設
1982年
コンピュータミュージックCMU-800発売
1982年
滋賀県に星電子工業(株)<現 ホシデンエフ・ディ(株)>を設立
1982年
郡山ヒロセ電機株式会社を福島県郡山市に設立
1982年
アイコムオーストラリア設立(オーストラリア・ヴィクトリア州)
1982年
東京、大阪両証券取引所市場第一部銘柄に指定。
1982年
現地法人Takeda Systems, Inc.(現Advantest America, Inc.)を米国に設立
1982年
スイッチの機能を持つ短絡用コネクタの製造、販売を開始し、本格的にコネクタ分野へ進出
1982年
手描き回路図自動整形システム「ES-II(ESW-II)」を開発
1982年
電子ビーム測長機 JEPAS-1000完成
1982年
米国ゼネラルモーターズ社との共同出資により GMFanuc ROBOTICS CORPORATION を設立
1982年
富士通ファナック株式会社をファナック株式会社に社名変更
1982年
テープレコーダー用ミニカウンターを開発・製品化
1982年
時代の変化に伴う柔軟な企業活動を行うために 事業部制導入を決定
1982年
極微弱光計測、シングルフォトン検出への挑戦 単一フォトンによるヤングの干渉実験に成功
1982年
PGA(Pin Grid Array)タイプ セラミックパッケージ 生産開始
1982年
レーザーダイオード用 ガラス端子生産開始
1982年
サイバネット工業(株)など関連会社4社を10月1日付で合併し、新社名を「京セラ株式会社」とする
1982年
スイッチング電源部門拡充のため、福井県小浜市にワカサ電機株式会社小浜工場(現ニチコンワカサ株式会社)を新設。
1982年
産業用小型ディーゼルエンジン「K」シリーズ発表
1982年
オーストラリアにトヨタ・ファイナンス・オーストラリア社設立
1982年
フォークリフトの主要141機種を大幅改良、併せて標準色をオレンジ色に統一
1982年
東京都文京区に東京ビル(現 東京本社ビル)完成
1982年
米国トヨタ、トヨタ・モーター・クレジット社を設立
1982年
フロントエンブレムに「MMCマーク」の使用を開始
1982年
PT. パリンダ社(インドネシア)と技術援助契約締結
1982年
綾瀬製造所 商用車向け大・中型チューブレスタイヤ用ホイールを開発
1982年
鉱山機械用超大型ホイール(SGOR®)開発
1982年
栃木県下都賀郡国分寺町(現 下野市)に栃木工場を開設
1982年
岐阜県養老郡養老町に養老工場を新設し、プレス金型の生産を開始
1982年
TQC部門・TPM部門で日本初の四冠達成。PM特別賞の受賞により日本で初めてデミング賞、N賞、PM賞、PM特別賞の四冠を達成。
1982年
パキスタン、パックスズキモーター社で、スズキ四輪車生産開始。
1982年
インド国営企業マルチ・ウドヨグ社とスズキ四輪車の生産、販売に関する契約に正式調印。
1982年
米国フォード社よりQ1(QualityNo1)証を受賞
1982年
愛知県尾西市(現・一宮市)明地に尾西工場を建設
1982年
米国に現地法人アイサンコーポレーションオブアメリカ(現・連結子会社)を設立
1982年
広島県庄原市に(株)ワイエヌエス(現・NSウエスト(株))を設立。(現・連結子会社)
1982年
液晶組立が本社工場より液晶製造部に独立。
1982年
熊本県下益城郡松橋町 (現、熊本県宇城市)に九州不二化学株式会社 (現、株式会社九州エフ・シー・シー、連結子会社)を設立。
1982年
ロードコンポーネンツ 初代シマノ105シリーズ発売
1982年
MTB コンポーネンツ 初代 Deore XT発売開始
1982年
福井県大野市元町にて縫製機械の製造、販売及び委託検査業務を目的として、資本金200万円で松屋縫製機器販売株式会社を設立、縫製関連機器の開発・製造・販売を開始
1982年
米国ワシントン州に米国法人ジャムコアメリカを設立。
1982年
全国初のAVC(オーディオ・ビジュアル・コンピュータ)を主体としたカテゴリーショップを
1982年
相武台(神奈川県)に出店、品揃えの専門性が評判を呼び遠方からの来店客増加現象を起す
1982年
クリーンルーム専用手袋の販売を開始し、半導体関連商品市場へ本格的に進出。
1982年
当社を設立し、神奈川県横浜市鶴見区に横浜工場併設の本社を設置。
1982年
ランチボックス(弁当店)1号店として、生麦店(神奈川県横浜市鶴見区)を開店。
1982年
すき家(牛丼店)ビルイン1号店として、生麦駅前店(神奈川県横浜市鶴見区)を開店。
1982年
パナファコム社の販売代理店となり、欧州を中心にパソコンの海外販売を開始
1982年
サカタブランドのCRTモニターの海外販売開始
1982年
FC本部として(株)壱番屋、直営店部門として壱番屋店舗運営(株)を設立
1982年
食品製造部門として壱番屋オリジナルフーズ(株)を設立
1982年
家庭用品及び家庭用燃料(プロパンガス)の専門店として、福井県福井市に株式会社みったを設立
1982年
岩手県紫波郡に当社初の単独店第1号「矢巾店」を開店
1982年
埼玉県入間郡日高町(現・埼玉県日高市)原宿に新本社・工場を建設し移転。
1982年
電子応用機器、計測制御機器の業務拡充にともない、生産体制をさらに充実させるため、新東京計器株式会社を吸収合併し、矢板事業所(現 矢板工場)を開設。
1982年
LANによる製造販売時点管理(POP)システムの構築開始。
1982年
ウェハ検査顕微鏡装置「オプチステーション」発売 主に半導体製造のリソグラフィ工程・エッチング工程における外観検査に使用され、歩留まりの向上や製造ラインの安定化に寄与。
1982年
きく4号(技術試験衛星:ETS-III)に光学部品を搭載
1982年
トプコンエンジニアリング(㈱)(現㈱トプコンテクノハウス)設立
1982年
東京ミクロ精器株式会社に出資し、持分法適用関連会社化(2017年6月全株式売却により持分法適用関連会社から除外)
1982年
埼玉県秩父市大字下影森に本社棟・開発生産技術センター新築。
1982年
研精工業(株)(現・A&Dマニュファクチャリング)の株式取得により子会社化、電子天びん事業に進出
1982年
米国にA&D ENGINEERING,INC.(現・連結子会社)を設立、北米、中南米の販売拠点とする
1982年
世界初のカートリッジ方式複写機「ミニコピアPC-10/PC-20」発売
1982年
ハンディターミナル「HT-3000」発売
1982年
16ビットパーソナルコンピューター「AS-100」発売
1982年
欧文電子タイプライター「AP400/500」発売
1982年
新生児聴覚検査装置「クリブ・オ・グラム」販売開始
1982年
拡大・縮小機能付きA3判PPC 「リコピーFT4060」発売、ヒット商品となる
1982年
東京都豊島区高田1丁目に高田工場を建設
1982年
イギリスにTOMYUKLtd.(現TOMYUKCO.LTD.)を設立。
1982年
精密電子部品搬送用キャリアテープを開発
1982年
印刷機用ロボット(パレタイジングロボット)を開発。工場内への装備とともに外部への販売を開始。
1982年
高級食品容器生産のため、定位置成形技術を開発
1982年
子会社小松ウオール長野販売株式会社を設立 2006年4月 吸収合併。 子会社小松ウオール新潟販売株式会社を設立 1991年4月 吸収合併。
1982年
アメリカ、ワシントン州に新たに現地法人Nintendo of America Inc.を設立し、既存のニューヨーク州法人を吸収合併。
1982年
東北ネポンサービス販売株式会社、新潟ネポンサービス販売株式会社、 静岡ネポンサービス販売株式会社および東九州ネポンサービス販売株式会社を設立。
1982年
マレーシア・クアラルンプールにNagase(Malaysia)Sdn.Bhd.(現・連結子会社)を設立。
1982年
テル・バリアン(株)を設立、イオン注入装置を国産化
1982年
テル・メック(株)でクリーントラックを開発開始
1982年
世界初のカートリッジ方式複写機「ミニコピアPC-10/20」を発売
1982年
電子機器事業部(現 情報システム事業本部)発足
1982年
神商金属加工(株)(現・神商非鉄(株):連結子会社)設立
1982年
イワタニ・ケンボロー(株)を設立(PIC社と契約調印)
1982年
高前流通(株)[群馬ミツウロコ(株)]設立
1982年
ハンブルグに現地法人サンリオGmbH設立。
1982年
東京都世田谷区桜新町に東京本社(現東京本部)を設置
1982年
株式会社浜勝を株式会社リンガーハットに商号変更
1982年
営業地盤を埼玉・群馬県から、関東全域へ広め、併せて業務の増大に対処する為、本社をさいたま市北区宮原町に移設。
1982年
仏壇仏具卸専門のはせがわ商事株式会社を子会社として設立
1982年
福岡県内で仏壇の製造を営む有限会社大川唐木佛檀製作所に資本参加し子会社とする。
1982年
高島屋のロゴマーク・ロゴセットの統一デザインを決定
1982年
「西武カード」発行拠点(セゾンカウンター)の全国展開開始、キャッシング用無人CD設置開始、リース事業開始
1982年
大阪府大阪市に大阪支社(現 関西支社)開設
1982年
愛知県名古屋市に名古屋支社(現 中部支社)開設
1982年
コーポレート・アイデンティティー(CI)を導入
1982年
株式会社八十二ディーシーカード設立(現社名 株式会社八十二カード)
1982年
株式会社丸高が関連会社3社(株式会社大朝・株式会社山勝産業・株式会社丸東)を吸収合併、資本金5億円となる。同時に、商号を「アイフル株式会社」に変更
1982年
業界初の銀行カードローンの保証業務を開始。
1982年
「川越グリーンパーク」分譲(埼玉県川越市)
1982年
「新宿NSビル」竣工(東京都新宿区)、本社を新宿住友ビルから新宿NSビルへ移転
1982年
「広尾ガーデンヒルズ」分譲/共同事業(東京都渋谷区)
1982年
賃貸仲介、売買仲介、分譲事業の拠点として埼玉県越谷市にせんげん台店を開設し、埼玉地区に進出、その後みずほ台店他を開設
1982年
高津駅高架下に「電車とバスの博物館」をオープン
1982年
新宿駅改良工事完成(地上、地下ホームの10両長延伸等)
1982年
大和運輸株式会社からヤマト運輸株式会社に名称変更
1982年
九州産交運輸株式会社と南九州方面の連絡運輸業務提携開始
1982年
九州西武運輸株式会社と北九州方面の連絡運輸業務提携開始
1982年
自動車耐久テスト事業を目的としたニッコン・プロモーション株式会社(現 株式会社オートテクニック)を設立。
1982年
三段積載フルトレーラーを開発(スーパーカブ168台を積載可能)
1982年
IATA航空貨物代理店資格取得、航空貨物取扱業務を本格化
1982年
ドイツに全額出資の現地法人ドイツ住友倉庫会社(現欧州住友倉庫会社)を設立。
1982年
シンガポールに合弁会社 Kamigumi Singapore Pte. Ltd.を設立。
1982年
冷蔵食品・冷凍食品の共同配送事業を開始
1982年
増資により資本金2億1,500万円とする
1982年
日本初のクラシック音楽専門ホール「ザ・シンフォニーホール」開館
1982年
ラジオ送信機能にプリエンファシス方式を付加する。
1982年
東電営配サービス株式会社設立(「株式会社東電ホームサービス(1987年10月商号変更)」)
1982年
伊方発電所2号機56.6万kW、運転開始
1982年
本川発電所(揚水式)1号機30万kW、運転開始
1982年
苫東コールセンター株式会社を設立(現・連結子会社)
1982年
北海水力発電株式会社を設立(2009年4月ほくでんエコエナジー株式会社に商号変更。現・連結子会社)
1982年
12A地区の供給ガスの熱量を変更(9,200kcal/m³から10,400kcal/m³へ)。
1982年
沼南供給所にて、東京ガス(株)から13Aガスの受け入れを開始。
1982年
12月公開のUIP配給『E.T』が松竹東急系劇場で公開され、配収96億円の空前のヒットを記録
1982年
静岡県御殿場に新研修所「セコムHDセンター御殿場」を竣工する。
1982年
米国カリフォルニア州で当時ホームセキュリティ専業最大手のウエステックセキュリティ社の株式を100%取得(セキュリティ事業は売却)する。
1982年
「マイアラーム」(現・「セコム・ホームセキュリティ」)のオプションとして日本初の救急通報システム「マイドクター」を開発する。
1982年
日本システムウエア株式会社に商号変更。
1982年
東京都新宿区西新宿二丁目4番1号新宿NSビルに本社を移転。
1982年
日興証券(現:日興コーディアル証券)と業務提携
1982年
大阪中小企業投資育成株式会社から出資を受け、資本金を1億2000万円に増資
1982年
パーソナルコンピューター用ゲームソフト事業に参入
1982年
米国に現地法人Konami of America, Inc. (現・Konami Digital Entertainment, Inc.)を設立
1982年
土地家屋調査士向けCADシステム「図作」を開発、販売を開始
1982年
名古屋営業所を開設以後、全国展開を開始
1982年
本部機能を益田市下本郷町179番地1に移転
1982年
CIを導入し、お客様(Customer)との信頼関係を大切にすることを目的として、新ブランド名を「JBCC」とする
1982年
光学読取装置(OCR)の専門的販売を図るため、子会社としてユニコス株式会社を設立
1982年
意思決定支援システム「JUSMATEシリーズ」を開発、販売
1982年
京都生活協同組合様と共同で生協ギョーザを開発、販売開始
1982年
レストラン事業へ進出、焼肉レストラン「キングオブビーフ」を石川県金沢市に開店
1982年
出版事業を開始 日本のパソコンユーザーの裾野を広げることを目指し、1982年5月にメーカー別にパソコンやソフトウエアを紹介する専門月刊誌「Oh! PC」と「Oh! MZ」の出版を開始。当時のパソコン雑誌はいわゆる「総合誌」が主流でしたが、それに対してメーカーやハードに特化する「専門誌」として大いに注目を浴びた。